★ ゆかりんさんとことのクリスマスコラボ企画の「eternal〜切なさは祈りに似て〜」の作詞をイメージした短編ボーイズラブを書いてみました(^-^) ちょっと短すぎて全部が織り込めなかった感もありますが、ブランク三年ぐらいあるんだなぁ〜と自分で実感(-.-;) 文章書くのが難しい・・・・・・ああしたい、こう言わせたい、もっと甘々にしたいとかいろいろ自分なりに希望もあったんですが、達成できなかった・・・・・頑固だ、アール(-.-;) いったいどんだけお父さん怖いね〜ん!!とツッコミながら書きました(笑) この短編を読んだ後は、素敵な歌に癒されていただきたいと思います(^-^;) 皆様に素敵なクリスマスが訪れますように♪ 2010.12.23 まぐ |
「eternal〜切なさは祈りに似て〜」 吐く息は白く寒さの訪れをイヤでも感じさせる。 視線をズラした先の景色には雪が舞う。 雪の降らない国に生まれたアールが、あれほど見たいと望んだ雪が目の前に現実として降り注ぐ。 知識では知っていたけれど触ってみて初めて知った冷たい感触。 あの驚きは今も記憶に新しい。 しんしんと降り注ぐ雪に世界は一面銀色に染まっていく。 美しい景色。 その景色に目を奪われることなくアールは傍らに眠るヴィの寝顔にそっと手を滑らせる。 意思の強そうなちょっとキツめの猫のような大きな黒い瞳は、今は伏せられていてその長い睫毛が濃くいろどり、いつもより少しヴィを幼く感じさせる。 癖毛なのか毛先がいつもピンピンと跳ねている黒い少し固めな髪を、アールはそっと起こさないように何度も梳く。 こうしているととても落ち着くのだ。 小さな部屋にはヴィの静かな寝息だけが聞こえてくる。 窓の外をもう一度見てからアールは暖かいヴィの体温の籠もるベッドの傍らへと冷えた上半身を滑り込ませ、そっとヴィを抱き寄せて髪にキスを落とした。 このぬくもりが何よりもアールにとっては大切で必要なもの。 胸の中に疼く不安を吐き出すように、アールはそっと息をついた。 終わりを告げる音にじっと耳を澄ませて待ちながら、アールはその時が永遠に来なければいいと願う…叶わぬ夢と知りながら・・・。 「アールはさ〜クリスマスっていつもパーティーとかするのか?」 近所のスーパーで2人そろってクリスマスの買い物しに来ていた。 カートを楽しそうに押しながら鼻歌なんて歌っていたヴィが、ピタリと立ち止まるって後ろのアールを振り向きながらちょっと緊張したように問うてくる。 ヴィは今でもこれが夢ではないだろうかといつも思わずには入られない。 アールがどうして自分の側にいてくれるのか、不思議で不思議で仕方ないからだ。 アールの素性がなんであってもアールが好きな気持ちには何の揺らぎもないけれど、それでもこれが夢でなければいいと願わずにはいられないぐらい、アールは奇跡の存在なのだといつも思う。 ヴィの視線の先にいる男はスラリとした長身に長い手足を持て余したように所在なげに立っている。 きっとこんなところに買い物になど、ヴィと出会うまで来たことなどなかったのだろう。 モデルのようなその均整の取れたスタイルに加え、とんでもなく綺麗な顔をしたアールは、こんな下町のスーパーにはひどく不似合いだった。 周りを通り過ぎる人々が皆、アールを見てびっくりしたように一度は振り返る。 暖かい国に生れたアールの日焼けした少し浅黒い肌に不似合いな淡い水色の宝石のような目がヴィを愛おしげに見ている。 ヴィはいつまでたっても慣れないアールという存在に恥ずかしそうに視線を逸らし、それを悟られまいと唇を尖らせた。 そんなヴィの様子にアールは自然と笑みをもらす。 愛しいヴィの側へと寄り、そっと手を握って隣へと並び自然に歩き出す。 「仕事先でのパーティーとかには参加したことはあるけど、プライベートではしたことはないかな」 「じゃあ、今日が初めて!?」 アールの答えにただでさえ大きくて真っ黒な目をさらに大きくしながら興奮したようにヴィが聞いてくる。 「そうだね、初めてかな?クリスマスはいつも仕事だったから」 アールがクリスマスパーティーに参加したことがないという驚きに、ヴィは興奮を隠せない。張り切っていろんなクリスマス料理を食べさせてあげると言って、カートの中へと次々と食材を入れていく。 そんなヴィの様子にアールの胸は痛み軋む。 ヴィは知らないのだ。 このクリスマスが最後だと言うことを・・・・・・終わりは告げられた。 最悪のカタチで。 つい先日、アールの祈りは虚しく終わりを告げる音が静まった部屋へと鳴り響いた。 『ピピピピピ・・・・・・ピピピピピ』 ヴィの暖かい体温にまどろんでいたアールは、静まりかえった部屋に聞きなれた電子音を聞き瞬時に頭が冴え渡る。。 クローゼット中に隠している携帯へと視線を巡らせる。 ヴィはその存在すら知らない。その携帯はアールが捨ててきた世界へと繋がっている。 もしもの為に一人にだけその番号を教えてからアールはこの国へやってきた。 その一人は生涯それを鳴らすことのないように努力すると誓ってくれたはずなのに・・・。 ヴィを起こさないようにそっとベッドから抜け出して携帯電話を手にリビングへとアールは向かった。 扉を閉めた途端、冷気が体にしみ込む。 ヴィのぬくもりの残っている指先に意識を集中させ、アールは覚悟を決め一呼吸してから通話ボタンを押した。 「もしもし?ジェイかい?」 アールは努めていつも通りの声で電話の向こうにいる自分の腹心の部下へと話かける。 まるで昨日まで側にいて話していたかのように自然に。 『・・・・・・申し訳ありません、アール様』 けれどジェイの方はそうはいかなかった。 搾り出すように一言一言を無理やり言葉にしていくように、その声は不自然な声だった。 「父は何と?」 それでもアールは明るく問うてみる。 『・・・・・・今すぐ連れ戻すようにとの仰せです』 わかっていた結果。 望んでいたわけではなく、永遠に来なければいいと思っていたけれど、頭の片隅では知っていた結果。 あの父から逃げて、このままヴィと何もなく平穏に暮らしていけるなんて思ってはいなかった。 心の底からそれを望んでいたとしても、決して叶わぬ願いをアールは求めていることを本当は知っていた。 ただそれに気づきたくなくて、今までは目を背けてきていたこと。 ヴィが愛しくて、初めて手にした愛しい存在を手放したくなくて、足掻いて足掻いて、どこまでも逃げれるものならと願っていたけれども・・・・・・。 「そう・・・・・・どこまで知ってるのかな?」 『すべてです。どこにいるかも、どなたとご一緒なのかも。』 これもわかっていた答え。 父が知らぬことなどこの世には何もないのだ。 アールは逃げたつもりでも、その実は父の手の中で踊らされていたに違いない。 「そうだね、父に隠し通せることなどこの世には何1つないのかもしれない・・・・・・で、ヴィのことはなんて?」 『・・・・・・たいそうご立腹です。』 ジェイの声が強張る。 それだけであの父がジェイに対してなんとヴィを罵ったのか想像にかたくない。 「そう・・・・・・」 自分の愛しい存在を知りもしないくせに悪し様に罵る父を思い、アールは体のシンが冷たくなるのを感じた。 憎悪よりもひどい感情。 あの父には何も感じない。 何を期待しても、何を伝えようとも、何もあの父には響かないのだと悟った幼いアールは父に対する感情をすべて凍らせてしまったのだ。 『申し訳ございません。何のお役にも立てず私は・・・・・・私は・・・・・・アール様に会わす顔がありませ・・・・・・』 アールの沈黙の中にアールの思いを正確に理解している電話の向こうのジェイの声が苦悩に詰まる。 彼が本当にこの結果を望んでいず、そのためにどれだけ努力してくれていたかをアールは知っている。 ジェイに負担をかけないためにも、アールは自分の心の中を見せないようにいつものように淡々と答える。 「いいんだ。僕の願いが望んではいけないものだったんだよ。元の場所へ帰らなければならないだけだ・・・・・・で、いつまでに帰ればいいのかな?」 『・・・・・・26日の朝1番の便を手配されました』 「26日か・・・・・・父にしては気が利いてるじゃないか。クリスマスまでは自由にしてくれるってことか・・・・・・」 『・・・・・・』 クリスマスなど仕事だけが大事なアールの父親が意識しているはずもなく、アールの皮肉にジェイは黙り込む。 そんな家族。 血のつながりはあっても、父はアールに優秀な跡継ぎ以上のものは何も望んではいない。 家族の愛情を感じたことは小さい時から欠片もなかった。 ヴィに会って初めて知った、大事な人が側にいる温もり。 仕事だけを生きがいにするように育てられたアールにとっては、仕事を捨ててヴィの側にいる決心をすることは、世界がひっくりかえるような選択だった。 けれどアールは自分がその選択を選んだことを誇りに思っていた。 自分の人生でただ一度の素晴らしい選択だと今でも思っている。 父のようにだけはなりたくない。 だから今度の選択もアールはためらいなくできる。 たとえそれが自分自身を深く傷つけ、一生後悔に苛むとしても、アールはヴィのためになら一生の苦痛を背負っていく覚悟ができていた。 ヴィを守るためにヴィの側を去る。 ヴィを守るためにならどんな苦痛でも我慢できる自信がアールにはあった。 だから迷わずジェイに答えた。 父の手がヴィに届かぬうちに、自分はここを去らねばならない。 「迷惑をかけたね、ジェイ。その便で必ず帰ると父に伝えてくれ。その代わり、一切ヴィには手出ししないでくれとも」 『かしこまりました・・・・・・』 ジェイは深い吐息とともに顔も見えないアールにむけて、電話の向こうで頭を下げた。 「アール、アールどうしたんだよ?ぼんやりして?」 先日の電話のやりとりを思い出しているうちに、いつの間にかぼんやりとしてしまっていたらしいアールを心配そうにヴィが下から覗き込んでくる。 「あぁ、ごめんね、少し考え事をしていたものだから」 「珍しいね、アールがぼんやりするなんてさ」 可愛く唇を尖らせながら、自分の話を聞いていなかったアールにヴィは拗ねてみせる。 ヴィといる時には他のことを考える時間がもったいないとばかりに、いつもアールはヴィだけを見つめている。 体中の意識が全部ヴィに向くからだ。 「クリスマスパーティなんて初めてだからね、いろいろ考えちゃってたんだよ。ヴィに何をプレゼントしたら喜んでくれるのかとかね」 アールは拗ねたヴィをそっと胸の中に抱き寄せて大切そうにくるむと、膨れているその頬に謝るようにキスをした。 もう残された時間はたったの1日。 今日だけ・・・・・・ヴィを見ていられるのは今日だけなのだ。 それを思うと胸が締め付けられるように苦しくなる。 アールにとってヴィと離れることは身を引き裂かれるように辛く苦しいことだ。 やっと見つけた自分が自分でいられる場所はここにある。 ヴィの隣でだけアールはゆっくりと呼吸をすることができる。 「プレゼントなんて何にもいらないよ。アールが側にいてくれるだけで俺嬉しいもん」 アールの腕の中で恥ずかしそうに首を竦めてキスを受け止めながら、ヴィが小さくつぶやく。 黒い猫のような大きな瞳がアールを見ている。 幼さの残る華奢な体を力いっぱい抱きしめながら、アールはどうしていいのか分からない。ヴィの小さな願いにアールはそれを叶えられない自分がいることを知って苦しくなる。 「アール、何?苦しいってば」 あまりにきつく抱きしめられるものだから、ヴィは小さく不満の声を漏らす。 ポンポンとアールの腕を叩いて、力を抜かせようとする。 アールはハッと我に返り、慌ててヴィの体から腕を離した。 取り繕うようにニッコリと笑顔を顔に張り付かせる。 それはヴィには見せたことのない表面だけの笑顔だった。 ヴィが不思議そうにアールを見ている。 「そんなのプレゼントにはならないよ、もっと欲しいものとかないのかい?」 そんな態度をごまかすようにアールは努めて明るく問うた。 「だって本当に欲しいものなんてないんだから。今が1番俺の人生で幸せなんだもん。でも・・・・・・じゃあ考えとく。なんか欲しくなったら言うから、その時まで待ってもらってていい?」 「・・・・・・」 無邪気にそう聞いてくるヴィにアールは返事ができず、微笑むことしかできなかった。 「雪がひどくなりそうだから、早く買い物を済ませてしまおう」 アールに促され、感じた違和感を問いただすこともなくヴィの意識はすぐに買い物へと移っていく。 ヴィも初めてアールと過ごすクリスマスをとても楽しみにしているからだ。 それが最後になるとも知らずに・・・・・・。 買い物を終えると、アールがいった通りに雪がひどく降り出した。 クリスマスにはもってこいのホワイトクリスマス。 夜になると雪はさらに激しさを増した。 窓から見る景色は一面真っ白な雪にかき消されて、すべての世界が消されていくような気がして、アールは小さく身震いをした。 「アール、大丈夫?窓際は寒いんじゃないの?雪、まだそんなに珍しい?」 アールの震えを寒さと勘違いしたヴィが心配そうに問うてくる。 「寒くはないよ。ただ・・・・・・雪を見てると不思議な気分になるんだよ・・・・・・あんなに淡く手に触れたらすぐに消えるものなのに、どうしてすべてを消してしまうぐらいあんなに降り積もれるもんなんだろう?すべてのカタチが消されていくのが不思議なんだ・・・・・・」 「ふ〜ん?雪のない国に住んでたらそんなこと考えるの?俺なんかあれが毎年降るのが当たり前でそんなこと考えたこともなかったけど、アールは面白いよな。雪が溶けたらまた元通りになるじゃん」 アールの言葉にヴィはわからないとばかりに肩を小さく竦めてみせた。 「ヴィにとっては当たり前なんだろうね・・・・・・僕はまだ雪が溶ける季節は見たことないから」 「すぐだよ。春はすぐにやってきて、もう雪が溶けたらぐっちゃぐちゃ。嫌でも見れるよアールもさ。で、雪の季節が良かったなぁ〜って思うんだよ。雪が溶けたら道路も服もすごいことになるんだから」 頭の中で春が来て雪が溶ける様を想像したのか、ヴィはちょっと顔をしかめて嫌そうにしてみせた。雪が溶けると大変らしい。 「そうだね、見たことはまだないけど、雪の季節がいいと僕も思うよ」 アールにとっては永遠に雪が溶ける季節を迎えることはない。 いつまでも、今、この時のまま永遠に時が止まればいいと望んでしまう。 ヴィと出会い、ヴィの側に入れる今この時。 この雪の季節を、この雪の降る国を永遠に焦がれることになるだろう。 「やっぱりクリスマスにはターキーとケーキは必要だよね」 ヴィが嬉しそうに買ってきた料理の数々をテーブルに並べながら鼻歌でも歌いそうなウキウキとした足取りでパーティーの用意をしている。 あっと言う間にテーブルの上には食べ物がところ狭しと並べられ、2人ではこんなに食べきれないだろうとアールが笑いながら言うと、ヴィは満足そうに笑った。 アールにとっては愛しい人との初めてのクリスマスパーティー。 そして残された時間はあとわずか・・・・・・。 「メリークリスマス、ヴィ」 「メリークリスマス、アール」 カチンとシャンパングラスを合わせてささやかなクリスマスパーティーが始まる。 今日は特別だよね、と小さく舌を出しながら、未成年のくせにシャンパンを美味しそうに飲んでいるヴィを微笑みながらアールは見ている。 この目にできるだけヴィの姿を焼き付けておこう。 アールはそう思いながら、ヴィの一挙一動見逃すことなく見つめ続けた。 楽しそうに笑い言葉を紡ぎだす唇。 拗ねるとそれをちょっと尖らせながら、そっぽを向くヴィ。 好奇心に溢れたくるくるとよく動く大きな黒い瞳。 驚くとそれは落ちるんじゃないかってぐらいさらに大きく見開かれて、半分涙目になる。 その目じりに小さくキスを落として宥めるのがアールの役目だった。 それからそっと抱きしめ、顔を覗き込むとその目の中にはいつでも自分が映っていた。 幸福な記憶。 ヴィの記憶はアールの心をとても暖かくする。 本当のことを言わずにヴィの元を去れば、ヴィはどうなるのだろうか・・・・・・。 願わくばヴィが深く傷つかずに、すぐに自分のことなど忘れてくれればいいと思う。 ヴィによく似合う可愛い女の子と出会い、普通の恋をして普通の幸せをいつか手に入れてくれればいいと切に思う。 それがどんなに自分の心を切りつけ傷つけようとも、そう願わずにはいられない。 矛盾した思い。 そんな自分の身勝手な感情に終止符を打つように、アールは小さく吐息を落とした。 手の中のシャンパングラスをそっとテーブルに置き、覚悟を決めたように真っ直ぐにヴィを見つめる。 「・・・・・・仕事に戻ろうと思うんだ」 楽しそうに笑っているヴィに向かって、アールは唐突にそう切り出した。 「・・・・・・?戻るって何の?仕事って何?」 アールの言葉にヴィが不安そうに聞いてくる。 聞きなれない言葉を聞いてしまって戸惑っているという感じだろうか。 アールは自分の素性をヴィにはいっさい明かしていない。 ヴィはアールがいるだけで、ただそれだけで良かったから、アールが話したくないことは聞くつもりがなかった。 過去のことは聞いてはいけないとどこかで思っているみたいで、そういう話はいっさい2人の間でしたことはない。 毎日自分の側にいて笑ってくれる、ただそれだけで良かったからだ。 「ここにはバカンスで来ていただけなんだよ、ヴィ。そろそろ仕事も溜まってきているしね、自分の居場所へ戻ろうと思う」 アールはいつもヴィに見せる素の自分ではなく、ビジネスの駆け引きのように冷たく言い放った。 「・・・・・・嘘だよ・・・・・だってアール、戻るとこなんてないって言ってたじゃん」 ヴィの目は信じられないと言うように大きく見開かれ、アールを凝視している。 びっくりしているのか、目じりが少し潤んでいる。 いつものように目じりにキスを落とす代わりに、そっと手を伸ばして、その頬をするりと宥めるようになでてアールは最後の言葉を搾り出す。 「短い間だったけどとても楽しかったよ。ありがとうヴィ」 できるだけ心の中を見せないように、アールは上手に笑って見せた。 見たことのないアール。 ヴィの知らないアール。 目の前にいるのは誰? 自分のアールじゃないことにヴィは敏感に気づいた。 そしてアールの言葉が冗談でも何でもないのだと言うことに。 「ずっと、ずっと側にいるっていったじゃん!帰るなんて嘘だよな!?」 アールが本気だと悟ったヴィは大きく首を横に振り、アールの言葉を頑なに受け入れようとしない。 アールの側に飛んできて、その真意を確かめようと下から必死に覗き込んでくる。 アールはその体を抱きしめたくて堪らなかった。 伸ばしかけた手をぎゅっとコブシを作って握りしめ、自分の体の横へと意思の力でもって固定するよう努力する。 「すまない。ずっと一緒にいると信じきっているヴィに本当のことは言えなかった・・・・・・君を傷つけたことは謝るよ」 アールは紳士的に儀礼的に謝れるように努めて、ヴィに向かって深く頭を下げた。 「俺のこと、俺のこと好きだって言ったじゃん!俺の側にいると楽しいって、ずっと一緒にいたいって!!」 ヴィは何度もアールの胸を叩く。 本当のことを吐き出せ!と言うかのように何度も何度もアールの胸を叩く。 その手をやんわりと止めながら、アールが言う。 「・・・・・・バカンスは楽しかったよ、ヴィ。迎えが明朝空港にくる。朝出ては間に合わないから今晩から空港へ向かうよ。僕の荷物は捨ててくれていいから」 あえて言葉を選んでアールは言った。 自分はバカンスの間だけの相手としてヴィを選んだのだと。 本当の恋ではなかったのだと。 「う・・・・・・そだ。俺はそんなこと信じない!!」 「君が僕のことをどう解釈しようとそれは君の勝手だけど、僕が今日限り君の側にはいられないのは本当のことだ。それだけが事実だよ、ヴィ」 大きく首を横に振り続けるヴィにアールは瞳を伏せて事実だけを淡々と告げる。 どんなに側にいたくても、いつまでも側にいたくても、それは叶わない願いなのだから。 それは事実であり現実である。 突きつけるようにアールはヴィへと言い放つ。 「そろそろ行くよ、今までありがとうヴィ・・・・・・」 体中から自分の言葉に対する反発を痛いくらいに感じる。 動かない手足。動こうとしない手足。 ここを離れたくない、どこにも行きたくないんだと、アールの心は意思とは正反対に足掻こうとしている。 ヴィの側にまるで引力があるようにそれはアールを引き付けて止まない。 アールは我慢しきれずにヴィの体を抱きしめた。 びくりとヴィの体が拒絶するように震える。 ヴィの目はまだ信じられないと言うように大きく見開かれたままアールを凝視している。 突然のアールの言葉にまだついていけていないのだ。 現実としてそれを受け止められないから、体が固まって動かない。 ヴィの頭の中はいろんな疑問でぐちゃぐちゃに渦巻いていた。 ただアールの確かなぬくもりだけを意識する。 アールはヴィを抱きしめていた腕をぎこちなく解いた。 ヴィのぬくもりを手放したくなくて悪あがきする手足に、渾身の意思の力をめぐらせて、感情を・・・・心をねじ伏せていく。 自分にはヴィに別れのキスする資格がないとわかっているから、最後にその震える手の平を捕らえて小さくキスを落とした。 そのまま固まっているヴィの手をそっと落とし、後ろは見ずに用意しておいた小さなバックとコートを持って、雪の降る外へと出て行く。 ヴィはまだ動けない。 外は身を切るように寒い。 それなのに体は何も感じない。 手にしたコートを着る気力さえもわかずに、アールは凍えるような雪の中を一歩一歩進んで行く。 どこへ向かえばいいのかすらも自分に指示を与えらずに、ただひたすら唇をかみ締めたまま一歩、また一歩と歩いていく。 引力のように自分を引き付けて離さないあの場所から一刻も離れなくては行けないとそれだけを考えて。 手足が鉛のように重い。 きっとここを離れてしまえば自分は心が凍ってしまうだろう。 何も感じない、何も見えない、何も聞こえない。 ただ父の指示どおりに働くだけの心を持たない人形になる。 それでも、ヴィと知り合う前よりはきっとましなはずだ。 こんな暖かい気持ちを知らずに過ごしてきたあの頃よりはきっと。 この思いがどんなに辛くても、アールはきっと忘れない。 突然背後でクラクションが鳴った。 迎えの車が予定より早く来ていたようだ。 アールの気が変らないようにと父が早めに待たせていたのだろう。 運転席のドアが開き、静かにジェイが下りてくる。 コートも着ずに雪まみれになっているアールの尋常ではない姿を見ながら、苦痛に瞳を揺らし、無言で深々とアールに向かって頭を下げた。 そのままアールの側へ歩み寄り、そっと手にしたコートを肩へとかけてやりながら、後部座席のドアを開ける。 一瞬、悲しそうなジェイの黒い瞳と視線を見合わせてからアールは開けられたドアから無言のまま車へと乗り込む。 お互いかける言葉が何も思いつかない。 座席へと座り、初めて寒さを感じたアールはジェイのかけてくれたコートを深く被りなおして吐息を吐いた。 そのまま自分を見るジェイに小さく頷き、車を発進させようとした途端、 「アール!!」 それと同時に後ろで自分を呼ぶヴィの声が聞こえた。 「・・・・・・ヴィ」 黒い大きな瞳を涙いっぱいにしながら、ヴィがアールに向かって手を伸ばしてかけてくる。車は雪道を走るために慎重に動き出していた。 このまま車を止めて降りて行きたい衝動にアールは駆られ、ぎゅっとコブシを膝の上で握り締めた。 後ろを振り返ってヴィを見ていた顔を、何とか正面まで戻す。 「アール!!行くなよ!!ずっとここにいろよ!!プレゼント、俺まだもらってないじゃん!!決めるまで待つって約束だろう!!」 走り出した車に向かって叫びながらヴィが後を追ってくる。 「・・・・・・アール様、どうなさいますか?」 運転席から遠慮がちにジェイが問いかけてくる。 「・・・・・・このまま行ってくれ」 「・・・・・・よろしいので?」 「・・・・・・あぁ・・・・・・時間を引き延ばしても仕方ないんだ」 このままここで飛び出して、駆けてくるヴィを抱きしめたところで、自分がヴィを捨てて元の世界へと戻らなければいけない現実は決して変えられない。 このまま気持ちを伝えたところでヴィを苦しめるだけなのだ。 夢の時間は終わった。 走って走って、積もる雪に足をとられてこけながらも、必死で自分を追って走ってきているヴィ。 その姿を振り向かずにミラーでじっと見つめるアール。 やがて止まらない車に呆然としたようにヴィが立ち止まる姿がどんどんミラーの中で小さく点のようになっていく。 視界を雪が消していく。 あんなに綺麗だと思った雪が今はヴィの姿を消していくことで憎らしく感じる。 あの寒い中、コートも着ずに飛び出してきて大丈夫だったろうか? コケてどこか怪我でもしていないだろうか? 今すぐ駆け戻ってヴィを抱きしめたくて堪らない。 涙で滲んだあの大きな黒い瞳にキスを落として、慰めてやりたい。 アールは車の窓を大きく開けて、降る雪にその頬を当てる。 やはり冷たさは感じなくなった。 風の音にかき消されることを承知で、アールは小さく嗚咽を漏らした。 今だけ、今ほんの一時だけ・・・・・・自分とヴィの為に泣こう。 今日はクリスマスなのだから、それぐらいの我儘は許されるはずだと。 「愛しているよ・・・・・・永遠に」 アールは誰にも聞こえないほど小さな声で、そっとつぶやいた。 もう見えなくなってしまった雪の向こうのヴィに向かって・・・・・・。 |